核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

ネグリ&ハート『マルチチュード(上)』『マルチチュード(下)』NHKブックス 二〇〇五 その2

 いかにしてマルチチュードは〈帝国〉に抵抗するか。具体例の一つとして、著者たちは「キス・イン」を挙げています。

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 今日必要なのは、民主主義のための新しい武器を発明することである。実際、新しい武器を見つけるための創造的な試みは数多くなされている。クイア・ネーションによる「キス・イン」は、そうした新しい武器を用いた実験の一例だ。これは女性同士、男性同士が公共の場でキスをして同性愛を嫌悪する人々にショックを与えるというもので、クイア・ネーションは実際にこのキス・インを、ユタ州モルモン教大会が開かれたさいに行った。
 下巻二四七ページ
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 ……効果のほどは別として、明治文学研究者である私はそれについて何かを語れそうです。
 日露戦争期(一九〇四~一九〇五)、男性作家の木下尚江は、反戦小説『火の柱』『良人の自白』で、女性同士のキスシーン、あるいはそれ以上の場面を『毎日新聞』紙上で描きました(挿絵つき)。当時は同志であった堺利彦が嫌悪感を表明した以外、特に物議をかもすこともなかったのですが、後にパイオニアとなる吉屋信子も『良人の自白』は愛読していたようなので、後世への影響はあったといえるでしょう。
 影響より問題なのは動機です。ただでさえ「やばい」反戦小説に、なぜ発売禁止のかっこうの目標にされかねない上記のような場面を盛り込む必要があったのか。軍国主義を生み出す男性中心主義への、暴力を伴わない抵抗といったあたりが目的だったのではないかと思われます。
 とはいえ、キス・インだけで戦争が止まるとは尚江も思っていなかったでしょう(実際止まりませんでした)。より強力かつ非暴力的な、「民主主義のための新しい武器」が望まれるところです。