前回までとは無関係な話です。ふと気になって。
歌舞伎『女浪人』(一九一一(明治四四)年)中に、祇園一力で与力阿久沢と目明し伝吉が芸者菊松に言い寄るが、新撰組の隊長権藤勲(ごんどういさお)に制止される、という場面があります。
新撰組ではもう一人辻方由蔵(つじかたよしぞう)も登場し、権藤を逃がすため薩摩兵と戦う、おいしい役どころを与えられています。
この歌舞伎、「新撰組や佐幕派は悪役だが、近藤勇や土方歳三は義侠の士」という世界観が明治四四年の観客に共有されていないと、いやそもそも近藤勇や土方歳三という人物の存在を観客が知っていないと、成り立たないように思われるのですが、いかがでしょうか。
なお原作小説『女浪人』は、近藤勇は出てきますが土方歳三は出てきません。原作の人物像に依拠したわけでもなさそうです。