ヴァガボンド襄こと坂井米夫が、原爆投下前に書いた降伏勧告文「裕仁さん」は三四四~三五四の十頁に渡り、日本語反戦文学の最高峰と呼びたくなる力作です。内包された読者に届かなかったことが残念でなりません。
アメリカの威を借りて戦争責任を弾劾告発するといった上から目線ではなく、もちろん臣民謹んで申すといった下から目線でもなく、対等な人間どうしの言葉と論理で、
「決断が一日遅れたら、何万の人が殺され、傷き、文化も財産も破壊されるのです」
「裕仁さん 人間になつて下さい」
仮に届いていても、「あっ、そう」と捨てられて終わり、といった結末になっていたかも知れません。「あなた」の人間性を過大評価している感は、この書にもあります。
それでも、この文書は届けられるべきだったと思うのです。原子爆弾による敗戦という、最悪の結末(それ自体も最悪ですが、「核兵器を持つ者が世界を制す」という、先例を作ってしまった点も最悪です)を避けるためにも。