核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

齋藤伸郎「矢野文雄と明治十四年の政変」(『近代日本研究』 二〇一九)

 「矢野龍渓」と名のつく論文は一通り読んだはずですが、本名の矢野文雄、つまり政治家としての矢野についてのこの論文は、うかつにも読み落としていました。福地桜痴と福地源一郎にも言えることですが、ほとんど別人かと思えるほど、活動範囲の広い人でして。

 齋藤論は、矢野の明治十四年の政変前の活動、「大隈意見書」「交詢社私擬憲法」などに示された国家像を矢野ビジョンと総称し、前者に小野梓(!)が関与したという説を斥け、「これが取り入れられていれば、やがて太平洋戦争に至る国家滅亡に瀕する道程は避けられたのではないか、とすら思える」(一九〇頁)とまで論じています。

 その矢野ビジョンはすべて、明治十四年の政変で大隈重信が失脚するとともに消滅したわけですが。矢野がボス大隈のとばっちりを食らったというより、むしろ子分矢野の暴走のとばっちりを大隈が受けたというべきかも知れません。

 ネットで矢野の(?)交詢社私擬憲法案を読んでみたのですが、素人の私には正直、大日本帝国憲法との違いがよくわかりませんでした。いつか出す単著には矢野龍渓論を組み込まざるを得ないので、その時までには政治史も勉強しておきたいものです。

 にしても、明治史はやっぱり面白いです。「もしかしたら変えられたかも」が満載です。それに引き換え、昭和戦前・戦中史の暗いことといったら。