清代の怪奇短編小説集『聊斎志異』(りょうさいしい)の一編。
青空文庫で読めます。これはという印象を受けました。コピペしてみます。
※
范はん十一娘は※城ろくじょう[#「田+鹿」、330-1]の祭酒さいしゅの女むすめであった。小さな時からきれいで、雅致がちのある姿をしていた。両親はそれをひどく可愛がって、結婚を申しこんで来る者があると、自分で選択さしたが、いつも可よいというものがなかった。
ちょうど上元じょうげんの日であった。水月寺の尼僧達が盂蘭盆会うらぼんえを行ったので、その日はそれに参詣さんけいする女が四方から集まって来た。十一娘も参詣してその席に列っていたが、一人の女が来て、たびたび自分の顔を見て何かいいたそうにするので、じっとその方に目をつけた。それは十六、七のすぐれてきれいな女であった。十一娘はその女が気に入ってうれしかったので、女の方を見つめた。女はかすかに笑って、
「あなたは范十一娘さんではありませんか。」
といった。十一娘は、
「はい。」
といって返事をした。すると女はいった。
「長いこと、あなたのお名前はうかがっておりましたが、ほんとに人のいったことは、虚じゃありませんでしたわ。」
十一娘は訊きいた。
「あなたはどちらさまでしょう。」
女はいった。
「私、封ふうという家の三ばん目の女ですの。すぐ隣村ですの。」
二人は手をとりあってうれしそうに話したが、その言葉は温おだやかでしとやかであった。二人はそこでひどく愛しあって、はなれることができないようになった。
※
女性は纏足(てんそく。人工的に足を小さくする処置)を施され、恋愛どころか外出の自由すらままならない時代の話です。
その後、范十一娘は封三娘のすすめる男性と結婚するわけですが、二人の関係はその後も続きました。
※
十一娘は三娘にうちとけていった。
「私とあなたとは、ほんとうの兄弟も及ばない仲ですのに、それが長く一緒にいられないのです。蛾皇女英がこうじょえいになろうじゃありませんか。」
※
蛾皇と女英とは、中国古代の王、堯の娘二人で、ともに舜の妃になった姉妹です。そして封三娘のカミングアウト。
※
「こうなれば私もほんとのことをいうのです。私は狐です。あなたの美しい姿を見て、あなたをしたって、繭まゆの糸のようにまとっていて、こんなことになったのです。これは情魔の劫ごうです。人間の力ではないのです。再びとどまっておると、魔情がまたできます。あなたは福沢が長いから体を大事になさい。」
といいおわっていってしまった。
※
謎の美女の正体が狐だった、というのは『聊斎志異』のお約束の一つなのですが、「魔情」のありようが他作品とは違っています。
『聊斎志異』の短編の末尾には、たいてい「異史氏いわく」とかいって、蒲松齢の短いコメントがつくのですが、この作品にはないようです。こういう作品にこそ必要だというのに。
しかたがないので核通氏いわく。封三娘は本当に狐だったのでしょうか。