核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

宋応星 『天工開物』

 百科事典マニアの血を騒がすこの一冊。
 中国明王朝時代のテクノロジーの集大成、宋応星撰 『天工開物』 (原著は1637(明王朝末の崇禎10年) 日本語訳は薮内清訳注 平凡社 東洋文庫130 1969(昭和44)初版刊行)を紹介します。
 「穀類」「衣服」「製陶」「舟車」「鍛造」「製錬」「醸造」などの18項目の手工業技術を、豊富な挿し絵入りで解説しています。
 
 「十六 朱墨
 私(宋応星)はこう思う。学問は千古にわたって衰えない。著述に没頭して無位無官のままであったという故事(訳注によると『漢書』楊雄伝が出典だそうです。あに楊雄のみならんや)があるが、著述と立身出世を求めることと、どちらが仕事として大きいであろうか」
 
 応星自身も兄とともに官吏の一次試験を受けたのですが、立身出世のコースにはのれませんでした。四書五経への忠義立てを見せびらかす試験用作文など、この実証主義者にはばかばかしくて書けなかったのではないでしょうか。毎度デリさんフーさんランちゃんの引用をならべただけの山なし落ちなし意味なし論文ばっかり読まされてる身には、応星の「金よりも鉄、玉より陶器」な生き様がまぶしく見えます。ほんと、こういうの読んでると私はしあわせな気分になれるのです。
 まあ、しあわせな気分になれない章もあります。科学技術の進歩による色あせは仕方ないとしても、「天工」すなわち自然の造化を絶対視し、「開物」すなわち人間の努力を下に見る世界観は、たとえば以下のようなニヒリズムを生みました。
 
 「十五 兵器
 私はこう思う。兵器は聖人も廃止できるものではない。瞬は五十年も天子の位にあったが、蛮族はなお服従しなかった。してみれば明王聖帝であっても兵器をなくすことはできない」
 
 ・・・といった認識のもとに、応星は「万人敵」なる毒ガス弾の製法を図入りで紹介しています。万人敵とはよくも名付けたり。
 「蛮族を服従させる」主義の明王聖帝には兵器の廃絶は不可能でした。が、異文化理解(文学研究もその一部です)と民主主義はそれを可能にできると私は思っています。