吉川英治の『三国志』は、『三国志演義』の忠実な翻訳というよりも、第二次戦争下に書かれた国文学という色彩が強く、そういう方向での研究もなされているようです。
玄徳(劉備)が本格的に曹操と対峙することになった『臣道の巻』に出て来る「不戦不和」という語も、おそらくは『演義』や正史には出てこないと思います(未確認)。
以下、青空文庫より引用。
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関羽は、雑談的に、
「やはり家兄のお心はそこにありましたか。実は、王忠と出会った時、よほど一
すると、玄徳は、会心の笑みをもらして、
「さなり、さなり! 不戦不和とは、よくわが意中の計を観た。
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……時局との関わりもありそうですが、それは発表媒体とその時期を調べた上で。
不戦不和という微妙な方針。なんか論文に使えそうです。