核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

2024-02-01から1ヶ月間の記事一覧

黒岩比佐子著の「美少年」考察

おなじみ黒岩比佐子『『食道楽』の人 村井弦斎』(岩波書店)より。 ※ 『美少年』は舞台が北海道日高国沙流郡で、主人公以外の登場人物はほとんどがアイヌだという点で異彩を放っている。遅塚麗水との合作というのも珍しい。麗水はその前年にアイヌを主人公…

コナン・ドイル著・延原謙訳『四つの署名』(新潮文庫 一九九一(原著一八九〇))

ちょっと気分を変えて、ホームズ物語の第二作など読んでみます。だいぶ前に買ったのですが、筋を完全に忘れていたので再読してみました。 殺人現場に残された四つの署名。犯人は最初から署名しているので(してないやつもいますが後述)犯人捜しの推理要素は…

戦争・独裁・差別に依存するタイプの人間

完全に確信のある説ではないので、書きながら考えていきます。 その説というのは、戦争・独裁・差別に依存し支えるタイプの人間というのは重なり、共通点を持つのではないかということです。 そのタイプとは、他者への依存、丸投げ型です。国家とか独裁政権…

小野寺拓也・田野大輔『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』(岩波ブックレット 二〇二三)

独裁についてあれこれ考えていたら、注文していた本が届きました。やはり、専門家による先行研究を学ぶのは大事です。 最近、ネット上などで流行る「ナチスは良いこともした」説に、一つ一つ最新の研究を挙げて反論しています。アウトバーンや景気回復は前政…

独裁者を倒すのではなく、独裁そのものを止めること。その困難

田中芳樹『七都市物語』(早川書房 一九九〇)中の一エピソード。 六都市連合軍から、自都市ブエノス・ゾンデを守り抜いた軍人ノルトは、戦勝の直後に、かねて恨みのあった、自都市の独裁者ラウドルップを暗殺します。おのれの死も覚悟の行為であったのです…

どくさいスイッチ

『ドラえもん』の一挿話。怪作かつ快作です。このまんがで、子供の頃に「どくさい者」という存在とその恐ろしさを知った方も多いのではないでしょうか。 オチは有名だと思いますが、いちおう伏せて紹介します。コミックスは手元にないので記憶にたよって。 …

ジーン・シャープ著 瀧口範子訳『独裁体制から民主主義へ-権力に対抗するための教科書』(ちくま学芸文庫 二〇一二 読む予定)

今の関心にぴったりの本が見付かりました。シャープ氏の名は知っていたのですが。 読まねばならない本なのは確かです。自分なりの『独裁の止め方』を見つけるために。

単著構想その2『独裁の止め方』仮もくじ

以前、『日本共和国幻想』という題で、第2の単著の構想を書いたことがありました。今回は題名をより明瞭に『独裁の止め方』と改めて、より問題意識を先鋭にしたもくじ案を発表します。 序論 近代日本文学における、独裁の止め方という問題提起 第一章 暗殺…

ゾフィー・ショル 独裁の止め方・実践編

ナチス独裁に抵抗し、若くしてギロチンによる斬首で処刑された、このゾフィー・ショルという女性および、抵抗運動「白いバラ」についての本はすでに何冊か出ています。今回はとりあえずウィキペディアで概要を。 ※ ゾフィア・"ゾフィー"・マグダレナ・ショル…

第二単著計画、『独裁の止め方』あるいは暗殺・戦争・暴力革命否定論

第一単著『戦争の止め方』刊行のあてもないのにと言われそうですが、とらぬタヌキの皮算用なのは承知の上です。『戦争の止め方』の結論を出し、どうにか商業出版にこぎつけたら、次は『独裁の止め方』という本を書こうと思います。 というのも、今私が構想し…

村井弦斎の北海道旅行

おなじみの、黒岩比佐子『『食道楽』の人 村井弦斎』(岩波書店 二〇〇四)より抜粋。 ※ 六月一日、寛(引用者注 一八八二(明治一五)年のこと。寛(ゆたか)は弦斎の本名)は横浜港から九重丸で函館へ向かった。当時、横浜から北海道へは海路で二日かかっ…

今日はがんばった

報告は明日、たっぷりと。

遅塚麗水と村井弦斎の再会

遅塚麗水の紀行文集「旅かゞみ」より。大正三年六月との日付あり。 国府津の小栗貞雄(政治家。矢野龍渓の弟)邸を訪れた時のこと。 ※ 楼に上れば温顔の主人と相対して村井弦斎氏及び夫人ありき、氏と相見ざること数年、今端りなくもこの荘に邂逅す、正に奇…

ボルヘスの「死とコンパス」をTRPG化した思い出

追記 本記事は、岡田篤宏著・永盛綾子イラストのTRPG『りゅうたま』のルールとサプリメントを利用したシナリオ(二次創作作品)を掲載しています。 これはランダム物ではなく、多人数用の本格的な推理シナリオです。 ルールは『りゅうたま』で、舞台はサ…

ガルトゥング氏、ナワリヌイ氏死去

93歳の平和学者ヨハン・ガルトゥング氏については、仕事をやりとげて逝かれたという感じですが。 ロシアでプーチン政権を批判していたアレクセイ・ナワリヌイ氏の獄中死については、遺族が遺体との対面を許されないなど、不透明な点が多々あります。無念で…

対面学会発表の夢を見た

「横光利一の二人称小説」という題で。ないわけですが。 小林秀雄の戦争便乗・ナチス礼賛とその改竄隠蔽を扱った二〇一一年七月三十一日以来、学会発表とは縁が切れています。オンラインの学会発表はしたことすらありません。 当分は論文と単著執筆に専念し…

文学は、差別に抗するロールモデルたり得るか

差別は、法・制度だけでなくすことは困難であり、もう少しきめこまかく、人々のロールモデル(考え方や行動の規範)から変えていかなければならない、と私は思います。 江戸時代や大日本帝国憲法の時代に比べれば、日本国憲法をはじめとする二〇二四年の法・…

一八九三(明治二六)年の桃太郎

村井弦斎・遅塚麗水合作「美少年」は、大山桃太郎が北海道、十勝国の沙流(さる)の地に現れたとこから始まる物語で、私は昔話の桃太郎を下敷きにしているという前提で読んでいたのですが、ふと気になりました。一八九三(明治二六)年の段階で、桃太郎の話…

読まねばならぬ本が増えた

国会図書館行きも視野に入れつつ。

遅塚麗水「北遊日記」(『山水往来』一九一〇(明治四三)年)

遅塚麗水という人は、小説家としてよりもむしろ紀行文の大家として知られています。そんな麗水の北海道旅行をつづった文章が見付かりました。 「北遊日記」の日付は、一九〇七(明治四〇)年九月。村井弦斎と合作した「美少年」(一八九三(明治二六)年)よ…

白色人種が支配する地球で、黄色人種と名指されつつ生きるということ

「美少年」という作品の舞台は明治26年、西暦で1893年であり、どうしても19世紀末の地球を覆った帝国主義と、黄禍論をはじめとする疑似科学的な人種言説にふれざるを得ないようです。今日はそのへんからのアプローチを。 ここで原文を引用したいとこ…

短期決戦で行こう

今回の「美少年」論は、できれば2月中、遅くとも3月上旬までにかたをつけたいと思っています。 前回の「小さな王国」論の時もそんなようなことを書いていましたが、あれは時間をかけすぎたために「熱」が引いてしまい、書けずじまいになってしまいました。…

「文学は他者を描き得るか」論 続き

どうも考えが堂々巡りに陥ったので、書きながら考えていくことにします。 前回の趣旨は、もし文学・芸術が他者を描き演じることを否定してしまったら(そこまで極端な論者はいないかも知れませんが、劇中のLGBTは当事者が演じるべきだという論者はすでに…

論文タイトル決定 「文学は他者を描き得るか」

「村井弦斎・遅塚麗水合作「美少年」論 文学は他者を描き得るか」 題名はこれでいこうと思います。 他者を描く、あるいは他者を演じることについて、今日のポリティカル・コレクトネス(PC。政治的正しさ)はどうも否定的なようです。 日本人男性とアイヌ…

村井弦斎・遅塚麗水 合作「美少年」 その2 主人公はアイヌではありませんでした

これも以前に過去ログで、主人公はアイヌ人と書いてしまいましたが誤りでしたので訂正します。主人公は、「日本人」と書いて「しやも」とふりがながされる、和人の美少年です。舞台は確かにアイヌ社会ですが。 コピーしたものを一通り読んではみたのですが、…

村井弦斎・遅塚麗水 合作「美少年」 その1 書誌情報

ついに現物を手に入れたのですが、今までに書いてきた掲載誌の情報に誤りがありました。以下に正確な情報を。なお、明治二十六年は西暦1893年です。 ※ ・弦斎居士 麗水生 合作「美少年」其上 『庚寅新誌』第七巻 第八十一号 明治二十六年七月一日 四〇~…

『庚寅新誌』、入手しました

過去ログを見ると、この雑誌にはじめて言及したのは2011年5月。 長い年月を経てようやく手許に来たのですが、内容がそれに見合うかはまた別です。 とりあえず大事な資料を傷つけないよう、必要箇所のコピーはとりました。

『日本文学』9月号特集 文化現象としてのアダプテーション

きのう『日本文学』2月号をぱらぱらとめくっていたら、気になる記事が目に飛び込んできました。以下、公式サイトより転載。 ※ ■ 投稿のご案内 ■ 9月号特集 文化現象としてのアダプテーション 近現代文学研究の領域において、例えば小説の舞台化や映像化とい…

アダム・カヘン(著), 東出顕子(訳), 小田理一郎(監訳) 『敵とのコラボレーション』(英治出版 二〇一八 読む予定)

「敵」について検索していたら、ちょっと気になる本が出てきました。 理論書ではなくビジネス実用書ですが、「敵とのコラボレーション」という書名は魅力的です。 きのう紹介した内村鑑三の非戦論は、「味方を死なせる」非戦論であり、ゆえに批判したわけで…

内村鑑三の非戦論には同意できない

当ブログは明治時代と平和主義を扱っていながら、内村鑑三についてはあまり語らずにきました。 率直に言って、私は内村鑑三が提唱した非戦論には同意できないのです。内村が日露戦争に反対したことは事実ですし、その勇気だけは讃えられるべきですが、その非…