核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

黒岩比佐子著の「美少年」考察

 おなじみ黒岩比佐子『『食道楽』の人 村井弦斎』(岩波書店)より。

 

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 『美少年』は舞台が北海道日高国沙流郡で、主人公以外の登場人物はほとんどがアイヌだという点で異彩を放っている。遅塚麗水との合作というのも珍しい。麗水はその前年にアイヌを主人公とする『蝦夷大王』を書いているので、『美少年』は主に麗水が書いたのかもしれない。ちなみに、近代作家がアイヌを描いた作品としては、麗水と親しかった幸田露伴の『雪紛々』(一八八九)が最初だといわれている。

 三七九頁

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 私も「美少年」と『蝦夷大王』を読み比べてみたのですが、共通する言い回しが見付かり、「主に麗水が書いたのかもしれない」という推測は妥当でしょう。弦斎は北海道の函館と江差しか訪れてないし(もっとも、麗水は北海道現地を訪れてさえいないのですが)。

 では、麗水が単独で書いた『蝦夷大王』になくて、弦斎との合作「美少年」にはあるものは何でしょうか。書きづらいのですが、「帝国主義」ということになりそうです。

 麗水の『蝦夷大王』が、和人の支配に抵抗する江戸時代のアイヌ男性を描いているのに対し、「美少年」では日本人少年に婚約者と名誉を奪われ、血を吐いて憤死する明治時代のアイヌ男性が描かれています。どちらも最終的には和人が北海道を支配する結末なのですが、明治政府の北海道開拓を正当化する色彩は「美少年」がより濃厚です。

 どうも当時は遅塚麗水以上に軍国主義者だった村井弦斎の主張が、前面に出ている気がするのです。

 そんな「美少年」を、二〇二四年に読み直す意義は何でしょうか。過去のアイヌではなく、一八九三(明治二六)年に現在進行形で和人にすべてを奪われつつあるアイヌを描いた、ことぐらいでしょうか。幸田露伴の『雪紛々』や、木村曙著と推定される「こしのみぞれ」と読み比べてみます。