核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

福沢諭吉と新無神論者の差別意識

 ツイッター、「新無神論bot」に、見過ごせない記事があったので引用します。

 差別語を含む引用であることをお断りしておきます。

 

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@AtheismBotJP
 
福沢諭吉は子供の頃、お札を踏んで便所に棄てても罰があたる様子もなく、今度はお稲荷様の社の中の石を別の石に取り替えても人々は相変わらずありがたそうに拝んでいる。何と馬鹿な者たちだろうと思った。そしてこんな言葉を残した。「馬鹿と片輪に宗教、丁度よき取り合わせ」片輪は未熟な人間のこと
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 ……福沢諭吉の別の著書「かたわ娘」を見ても明らかなように、福沢は「片輪」を未熟な人間のことではなく、明白に、身体に障害をもった人への差別語として用いています。
 福沢についてはまだ生まれた時代の限界で弁護もできるのですが、看過しがたいのは新無神論者のほうです。嘘で差別をごまかすようなことをして、新無神論の名に恥ずかしくないのでしょうか。宗教家のやっていることと同じだと思うのですが。
 私は福沢諭吉を尊敬しませんし、新のつかない無神論者のままで結構です。