核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

北畠親房 『神皇正統記』 1339(延元4)年

 岩佐正 校注。岩波文庫、1975年。「じんのうしょうとうき」と読むそうです。
 南朝の重鎮だった親房(昔の大河ドラマでは近藤正臣でした)が、南北朝の動乱のあいまをみて書いた歴史書です。さぞかしイデオロギー色に満ちているかと思いきや、『愚管抄』に比べればそうでもなかったりするわけで。
 とりあえず、「王家」の用例があると聞いて読み返してみたのですが、確かにありました。

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 これより清盛天下の権をほしきまゝにして、(引用者注 ネタバレ警報)程なく太政大臣にあがり、其子大臣大将になり、あまさへ兄弟左右の大将にてならべりき(略)、天下の諸国は半すぐるまで家領となし、官位は多く一門家僕にふさげたり。王家(わうか)の権さらになきがごとくになりぬ。
 (141ページ。第七十八代 二條院の章より)
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 後鳥羽院の章にも、「王家の権はいよ(繰り返し記号)おとろへにき」との記述があります(「王室」という語もあり)。200年ほど前の清盛時代に使われていたかどうかについては、別な資料の裏づけが必要なようです。
 しかし問題はその後鳥羽院近辺の章。父に逆らって戦争を止めようとした土御門院を「御心ばへもたゞしく」と賞賛し、私欲で戦乱を引き起こした後白河・後鳥羽を、「天下の民ほとんど塗炭におち」「上の御とが」と非難しています。たとえ「王家」のやることでも、「万民」を苦しめる振舞いは許さないという思想がはっきりと読み取れます。シーデルの五分法をあてはめれば「3 正戦論」と「4 平和優先主義」の中間ぐらいでしょうか。平和主義者も偏見を持たずに読むべき本です。