第一次大戦およびシベリア出兵についての、蘆花の心の揺れを示す箇所。
1918年11月14日。
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俺は日本の西比利亜(シベリア)出兵には不同意だった。青嶋(チンタオ)戦も気が乗らなかつた。都新聞なぞが連合国に協力を力説するのを馬耳東風であつた。然し日本もそれ位の尽力は矢張すべきであつたのだ。今度の週(周)遊其ものにも、日本の陸海軍だの、青年会の慰問だののお蔭を何(ど)の位蒙るか知れぬ。
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この時期、蘆花は夫人を連れてのパレスチナ巡礼を計画してまして。世界情勢の安定は他人ごとではありませんでした。