核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

戦後SFから三つほど。

 戦後日本にも、「何によって戦争を阻止するか」という問題に自覚的だった文学者はいました。
 ぱっと思いつく限りで、SF的作品を三つほど。普通は反戦小説とは呼ばれない作品です。
 三島由紀夫の『美しい星』は、空飛ぶ円盤を見て自分が火星人だと「気づいた」おじさんが、核戦争を阻止するために奔走する話です。ちなみに嫁が木星人、息子が水星人、娘が金星人。アメリカ大統領やソ連書記長に手紙を出したり、同志をつのったりしてると別系統の自称宇宙人に絡まれ、「地球人は平和に値するか?」という壮絶な対話バトルが始まるわけです。
 ギャグっぽい雰囲気とはいえ、あの三島由紀夫が核戦争の危機を憂えていた、のは確かです。
 星新一の『声の網』は、(以下ネタバレ)、電話網を管理するコンピューターが自我に目覚め、人間を統治しようとする物語です。ごく少数の人々を除いて気づかれないままその統治は完成し、人類ははじめて地球規模の平和を手にします。電話網の見えざる支配のもとで。
 筒井康隆の『美藝公』は、戦後日本が経済大国ではなく映画大国になっていたらという想定のもと、「美藝公」と呼ばれる大映画スタアが君主のように日本を統治している物語です。作中には「軍隊なんてないのに」というセリフもあり、海外にも認められる良質な映画のおかげで平和が保たれているという設定です。後半は次回映画の構想として、「映画大国でなく経済大国になっていた日本」が語られるわけですが(つまりこちらの世界)、「いいところのひとつもない社会だ」「こんな話は映画にしちゃいけねえ」と、満場一致で蹴られてしまいます。
 これら三作品に共通するものがあるとすれば、平和には人間を越えた超越者の統治が必要であるという認識です。いずれも私のかつての愛読書なので批判は心苦しいのですが、それでいいのかという気はします。もっと民主主義的、ムフ的に、ただの人間による世界平和の物語はないものか……探してみます。