副論文にすぎない小林秀雄論で足をとられてしまったために、9月に提出する予定だった博士論文本論の進行がかなり危うくなってきました。とりあえずの心覚えとして、現段階での前半の概要をここに掲載します。
博士論文「明治の平和主義小説」
序論 新聞 ( ニュース )はなぜ小説 ( フィクション )を必要としたのか(執筆中)
矢野龍渓率いる郵便報知新聞の経営戦略は、「世にあり得可き事柄を湊合して世に有ることなき物語を組立て」る空想科学小説の掲載であった。彼自身の小説『経国美談』は日本で最初に国際会議による平和主義の実現というヴィジョンを、作中では完遂できなかったとはいえ提示し、『報知異聞』(『浮城物語』)では、「文」(情報)による「武」(兵器)の管理というテーゼが貫かれており、それらはやがて小説「不必要」(1907)の「世界大平和の主張」へと結実する。龍渓の小説は文壇文学者(内田不知庵・石橋忍月ら)には受け入れられなかったが、ライバルであった福地桜痴、社員であった村井弦斎・遅塚麗水、愛読者であった木下尚江に受け継がれ、平和主義小説の流れを形成することになるのである。
(第一部~第三部を概観)
本論の分析の対象は、文壇文学者ではなく桜痴ら新聞記者によって書かれた、1890~1908年(明治23~41年)の、従来の文学史が扱ってこなかった小説群である。日々の事実を報道することに飽き足らず、虚構を創作することで彼らが社会に訴えようとした意味と、その平和主義思想史における意義を考察する。
第一部 国家のための暴力は許されるか
作品の主題:代表議会制の腐敗と、それへの非暴力的抵抗
結論:表象=代表されない者による、パフォーマンスによる抵抗こそ突破口である
作品の主題:露清連合軍との本土決戦を通した、専守防衛論への警告
結論:自衛戦争とは国土や国民を守るための戦争ではなく、政府を守るための戦争にすぎない
作品の主題:電話という新しいメディアが引き起こす数々の社会問題の予見
結論:科学技術の暴走に対して文学は有効な抵抗手段たり得る
第二部 言葉による暴力は許されるか
第四章 村井弦斎「小説家」論―小説の面白さとは何か(2006脱稿 未発表)
結論:「面白さ」とは、現実の束縛からの解放であり、その力は金力や腕力の支配を超える
作品の主題:進化論の受容がもたらす、「人間の価値」への不安とその超克
結論:人間は感情ではなく、道理に従うことによって高等動物たり得る
第六章 福地桜痴「女浪人」論―「主」を持たない者の革命(2009 脱稿 審査中)
作品の主題:主人も主家も主君も持たない女性による、非暴力維新を描く反実仮想歴史小説
結論:「国家の名による非暴力」ではテロは防げても、内乱や戦争は防げない