核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

無神論者の道徳、もしくはグラウコンの問い

 私は平和主義者であると同時に無神論者で、リチャード・ドーキンス氏のファンでもあるわけですが、同氏の戦闘的な無神論っぷりには「引く」ことも多々あります。

 私としては有神論者を攻撃したり嘲笑するのはあまり賛成できないので(なにしろ平和主義者ですから)、むしろ有神論者に笑われないような道徳律の完成に努めるべきだと考えています。

 プラトン『国家』の第二巻に、グラウコンの問いというやつがありまして。単純化すると、「正義にも悪にも報いがないとしても、人は正義を選べるか?」という問いです。この問いに、天国とか地獄とかを持ち出さずに答えられるかどうかで、無神論者の真価が問われると思うのです。『国家』作中のソクラテスは理想国を引き合いに出したり、「魂の健康さ」を持ち出したりしているわけですが、グラウコンはともかく私は納得できません。