核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

「なぜ殺したいのか?」―クリティアスの最期

 時は紀元前403年。アテナイの悪名高きクリティアスの三十人政権と、民主制回復をかかげるトラシュブウロス(「トラシュブロス」表記のほうが一般的なようです)の軍勢は、いよいよ激突の時をむかえるのでありました。
 クリティアス軍は騎兵と重装歩兵を中心とした、縦深盾50層。
 トラシュブウロス軍は重装歩兵が縦深10層ほど(1000人ばかり)。後衛に地元から参集した軽楯兵(pelto-phoros)と裸兵の投槍兵(psilos akontistes)が、さらにその後衛には投石兵(petro-bolos)。
 装備に劣る民主派を鼓舞すべく、トラシュブウロスは演説します。例によってバルバロイ様の訳にお世話になります。今後ともよろしく。クセノフォン 『ヘレニカ』 第二巻第四章より。
 
[18] というのも、占者が彼らに告げて、自分たちの中の誰かが斃れるなり、負傷するなりしないうちは、先に攻撃を仕掛けてはならないと言っていたからである。「しかし、それが起こったなら、主導権を握るのは」と彼は言った、「われわれの方であり、勝利は〔わたしに〕続くあなたがたのものとなろうが、しかしわたしには死が〔見舞うであろう〕、そうわたしには思われる」と。
 ・・・その言葉通り、トラシュブウロスは兵に先駆けて討ち死にし、民主派は勝利を手にします。
 
[19]この戦いで死んだのは、「三十人」の中では クリティアスとヒッポマコス、ペイライエウスの10執政官の中では グラウコンの子 カルミデス、その他の中では約70名であった。しかし、〔勝利した側は〕武器は取得したが、市民たちの誰の着物も剥ぎ取ることはしなかった。さて、それもすみ、休戦の申し入れによって屍体を引き渡しているとき、多くの者たちが相互に接触して対話した。
[20]
この時、秘祭の伝令官(kerux) クレオクリトスが、――非常によい声の持ち主であったが――、静粛を命じて言った。
 「市民諸君、あなたがたはなぜわれわれを追い出そうとするのか? なぜ殺したいのか? われわれはあなたがたに何ら悪いことをしたことはなく、あなたがたといっしょに、厳粛きわまりない神事にも供儀にも、最美な祭礼にも参加してきたし、踊り仲間、通学仲間となり、戦士仲間ともなり、あなたがたといっしょに多くの危険を冒してきた。陸上でも海上でも、われわれ両派共通の救いと自由のためにである。 (略)不敬きわまりない「三十人」に聴従してはならぬ。やつらは個人的な利得のために、すんでのところで、ペロポンネソス人たち全員が10年間の戦争の間に〔殺した〕よりも多い数のアテナイ人を、8ケ月の間に殺害したのだから。
[22]
われわれは平和裡に市民生活できるのに、連中は何にもまして最醜、困難きわまりない、不敬きわまりない、神々にも人間たちにも最も憎まれる戦争をわれわれ相互にもたらしたのだ。とにかく、よく知ってもらいたい――今、われわれの手にかかって戦死した人たちのために〔泣くのは〕あなたたちばかりではなく、われわれもまた多くの涙を流したのだということを」。
 
 ・・・いいこと言ってますクレオクリトス。同族どうしの内乱は悲惨なものです。「われわれの手にかかって戦死した人たちのために泣くのはあなたたちばかりではない。われわれもまた多くの涙を流したのだ」というのは、いつわらざる実感なのでしょう。
 「神々にも人間たちにも最も憎まれる戦争」はこうして終結しました。
 クリティアスのほうは、クレオクリトスの問い(民主派全員の問いともいえるでしょう)に答えないまま、あっさりと戦死しています。彼は流血の果てに何を見ていたのか。ここから先は歴史家よりも文学者の仕事でしょう。
 プラトンの対話編、「カルミデス」(上に名前が出てる人です)や「プロタゴラス」を頼りに、もう少し探っていきたいと思います。