核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

杉本健 『海軍の昭和史 提督と新聞記者』(文藝春秋 1982)

 米内光政(よないみつまさ)という総理大臣は、今日ではあまり知られていないのではないでしょうか。
 東條英機近衛文麿の前に首相となり、日独伊三国同盟や対米開戦に反対し続けて倒閣された海軍軍人です。
 この人物の開戦直前の生の発言について、当時は朝日新聞記者だった杉本健(すぎもとけん)氏の証言があります。
 
   ※
 米内が最後に語った言葉を、私は今でも忘れない。
 「僕はネ、人類がこの地球上に存立する限り、大なり小なり、戦争というものが消えてなくなるとは思えない。そうかといって、その戦争をやっていいというものではない。
 問題は、これが勝てるか勝てないか、勝てるとすば(原文のまま。「すれば」か)その時機はいつなのか判断をしてかからねばならぬ。勝算の見込みのないのはイカン。イヤなことだネ。・・・・・・」
 と、独り言みたいに、そしてつぶやくようにいって、唇を結びやや右にゆがめた。
 米内の気持が固くなった時に見せる表情である。
 この何日か前の十一月二十九日朝から午後おそくまで、宮中で重臣懇談会が開かれており、その席上、米内は、
 「ジリ貧を避けんとして、ドカ貧にならないように十分の御注意を願いたいと思います」と、東條、嶋田らの陸海両軍首脳部に述べたというが、真正面切って対米開戦をとことんまで反対出来ず、間接話法を用いた所は、如何にも米内らしい口吻を思わせる。(236ページ)
   ※
 
 ・・・平和主義者ではないにしても、良心的な軍人であり政治家であるという印象を受けます。アテナイペリクレスがそうであったように。
 日中戦争時には侵略主義であったとか、愚将という説もあり、評価の定まらない人物ではあります。自分なりに調べて、よりくわしく知ってみたい人です。