「皇帝 金が足りぬというなら、よいわ、金を造るがいい」
ゲーテ著・相良守峯訳『ファウスト』第二部(岩波文庫 1958 26頁)
なんかMMT研究所の門に書いてありそうな文句ですが、『ファウスト』の一節です。「金」がゴールドなのかマネーなのかが気になりますが。ふりがなをふってほしかった。
悪魔メフィストフェレスと契約を結び、若返ったもののマルガレーテに失恋するファウストのその後。『第二部』はあまり知られていないので、ちょいくわしく説明します。
『ファウスト』第二部の舞台は帝国の宮廷。傭兵に給料が払えないとか、葡萄酒が不足とか、家臣たちが口々に財政難を訴えます。そこにファウストとメフィストフェレスが現れ、地下の埋蔵金を担保とする紙幣の発行を提案します。
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宰相 (読みあげる)「これなる紙幣は千クローネンに通用するものなり。その確実なる担保としては、帝国領土内に埋蔵せられたる無数の宝をもってこれに充つ。この豊富なる宝をただちに発掘して、兌換の用に供すべき準備すでに整いたり」
(96頁)
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皇帝はそんな署名をした覚えはないのですが、どうも仮装パーティのどさくさに紛れて一筆書かせ、それを幾千枚も印刷して(ファウストってグーテンベルク以降の人なのか?まあこれもメフィストフェレスの魔法なのでしょう)捺印し、クローネン札を発行したようなのです。
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皇帝 ではそれが人民に金貨代わりに通用するというのか。軍隊や宮中の給料も、それで全額が払えるのか。とすれば、得心はいかないが、認めずばなるまい。
宮内卿 いまさら飛んでゆくものを回収しようとしても無駄でございましょう。稲妻のような速さで世間に流通しているのです。両替屋は店をあけひろげていて、一枚一枚の札に、むろん割引はするが、金貨や銀貨で支払っております。
(98ページ)
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なんか財政支出で景気が回復したようです。この後調子にのった皇帝がヘーレナ(古代ギリシア一の美女)を見たいとか言い出して、古代編に入るわけですが、今回は関係がないのでそこはとばして。
古代への旅から帰ったファウストらは、あの皇帝の末路を目にします。握らせた「贋の富」つまり紙幣を発行しすぎたらしく、帝国は無政府状態となり、もう一人の自称皇帝が出現して反乱を起こしていました。
…………『ファウスト』はアクマでもゲーテの創作文芸であり、MMTの是非を問う「論拠」にはなり得ないことは承知の上です。
しかし一般常識に照らしても、「金貨がないなら紙幣を刷れ」という政策には、「得心はいかない」のが当然でしょう。そもそも埋蔵金というのもメフィストフェレスのホラっぽいのですが、仮にあったとしても有限です。無制限の紙幣の担保になるはずがありません。経済を知らない文学者の素人考えかも知れませんが、私はともかくゲーテは政治家も兼ねてたはずです。
私のほうは経済学を知らないことに変わりはないので、少し勉強してみようとは思います。とりあえずは中野氏のインタビュー記事から。