核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

『幼少時代』(1956)より「小さな王国」 その2

 谷崎潤一郎の小学生時代、リアル「小さな王国」にての紙幣。

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 私たちは活字や印肉を持ち寄つて偕楽園の「源ちやん」の部屋に集り、金額に応じて大小種々の紙きれを作つて毎日紙幣を印刷した。(略)が、「公園の原つぱの上や、郊外の叢の中」へ「多勢寄り集つて市を開くやうになつた」とか、「両親から小遣い銭を貰つた者は、統べて其の金を物品に換へて市場へ運ばなければいけな」かつたとか、「大統領の発行にかゝる紙幣以外の金銭を、絶対に使用させ」ず、沼倉の「紙幣さへ持つて居れば、小遣ひには不自由しな」いやうになつたとか、子供たちの「市場で売捌いて居る物品は非常に広い範囲に亙つ」たとか云ふあたりになると、それは全く小説だけの世界のことで、「のつさん」の王国はそこまでは発展しなかつた。従つて、小説では貝島先生が生活苦の余り気が変になつて、沼倉にお札を分けて貰ふことになつてゐるが、野川先生にそんな事実があつたのではない。
 それにしても、その後あの「のつさん」と云ふ子はどうなつたであらうか。
 ( (『幼少時代』(『谷崎潤一郎全集 第二十一巻』中央公論新社 2016 255~256ページ))
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 のっさんの音沙汰は谷崎も知らないそうです。なお、谷崎の小学生時代(1890年代)は松方デフレ財政のただ中。「小さな王国」に大正インフレの影響を見る我が論は、ちょっと分が悪くなってきました。