核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

『幼少時代』(1956)より「小さな王国」 その1

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 「のつさん」の本名は篠田源太郎と云ひ、「のつさん」の称はその「篠田さん」から来てゐるのであるが、私たちは皆彼のことを、一種の畏怖と敬愛の念を以て「のつさん(踊り字)」と呼んでゐた。
 (略)後に私は此の少年をモデルにして「小さな王国」と云ふ小説を書いてゐるので、あれを読んだことのある人は、あの中に出て来る沼倉と云ふ子のことを思い出してくれゝばよい。あの小説は東京近郊の田舎の小学校の出来事にしてあり、沼倉はその町の製糸工場へ流れ込んで来た職工の倅で、中途から入学した生徒となつてをり、その他いろ(踊り字)と実際にはなかつたことや誇張したことが書いてあるけれども、沼倉が級中の覇権を握つて何十人かの同級生にスターリン的威力を振つてゐた有様は、正しく「のつさん」そのまゝなのである。
 (『幼少時代』(『谷崎潤一郎全集 第二十一巻』中央公論新社 2016 251~252ページ))
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 ……卒業生名簿はもう現存しないそうです(同書245ページ)。なお、スターリンが権力を掌握するのは1920年代前半なので、谷崎の幼少時代(1890年代)はもちろん、「小さな王国」(1918)当時にもスターリン的威力という概念はなかったはずです。そこだけは1956年から振り返っての言葉なのでしょう。