『作家と戦争 太平洋戦争70年』(河出書房新社 2011・6・30)なる、できたてほやほやの本を読んでたわけですよ。川村湊×成田龍一や吉本パパバナナ隆明やなんかの、論理も倫理も実証もない文を読みたおして、ようやく実証性のありそうな、吉野孝雄「日本文学報告国会」にたどりついたのです。
(日本文学報告国会が)なぜ知られていないのか。この組織のメンバーを見ればその理由はすぐにわかる。戦後も活躍した当時存命だったほとんどすべて著名な作家がその主要メンバーに名を連ねていたからだ。
国文学会の「幹事」には柳田泉
明治マイナー文学研究の泰斗、柳田泉!私はあなたから矢野龍渓や福地桜痴や木下尚江について、どれほど多くのことを学んできたか。あなたは彼ら先達から何を学んだのですか。最晩年の木下尚江のムツヒト批判を直に聞き、大砲をぶちこまれるような衝撃を受けたというのは嘘だったのですか。
心の師よ。弟子アンタルキダスは悲しゅうございます。よよよ(涙)。
2011・7・28 23:20 追記
「日本文学報国会」が正しい表記でした。別にあてこすりでも何でもなく、素で打ち間違えたアホです。他人を批判する時こそ、頭を冷やさねば。それが実証主義者をめざす者の道ですね。ご指摘に感謝!
なお、木下尚江が大逆事件について語った、「あれはムツヒトが自分の顔に泥を塗ったようなものだよ」発言につきましては、証言者によって若干の異同があるため、資料を集めた上で改めて論じさせていただきます。