近代デジタルライブラリーで平和主義関連を検索してみると、有名無名の平和主義者がぞろぞろ出てきます。特に第一次大戦後の時期は。今回は有名人の方を。
板垣退助というと、「板垣死すとも自由は死せず」の名文句と共に暗殺された、と思ってる方が意外と多いのですが、その岐阜事件(1882)の後もけっこう長生きして、明治政府から爵位をもらったり、大隈重信と隈板内閣を組織したりもしています。そんな板垣退助の最晩年の著書『一代華族論』の最終章。
わが国は後進文明国ではあるが、「徳義人道に基づく所の平和主義」によって立ち、「戦争時代、侵略時代の遺物」である爵位を廃止して、「人類の平等と世界の平和を確立」せねばならないとの結論です。
本当に言ったかも疑わしい「板垣死すとも…」ばかりが流布して、本当の死の直前まで訴えた平和主義に誰もふれないのは、本意ではないのではないでしょうか。