史実に忠実な大弐像を描く、と巻頭で宣言しているように、桜痴らしいユーモアは絶無な代物でした。
では史実そのままの大弐がどう描かれているかというと、桜痴は武力ではなく大義名分による王政復古を大弐が主張していた、と強調しているわけですが、具体的にどうするのかは書かれていません。そもそも幕末と違って、幕藩体制がそれなりに機能していた明和年間になんで幕府を倒さなければならないのかも書かれていません。
かろうじて評価できそうなのは、作中の大弐が毛利島津といった西国諸藩の力を借りる案を拒絶し、それは北条に代えて足利を立てた悪例を繰り返すことになるとしている点。一八九二(明治二五)年発表という時期を念頭において、拡大解釈すれば薩長藩閥への批判とも読めそうな箇所です。