核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

山背大兄王の無抵抗主義~『日本書紀』より

 643年(皇極天皇の2年)、11月1日。蘇我入鹿(そがのいるか。蘇我馬子の孫)が政敵、山背大兄王(やましろのおおえのみこ。聖徳太子の子とされる皇族)を襲撃した事件。

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 大兄王は答えて、(略)「自分の一身上のことがもとで、どうして万民に苦労をかけることができようか。また人民が私についたために、戦いで自分の父母をなくしたと、後世(のちのよ)の人に言われたくない」(略)
 「自分がもし軍をおこして入鹿を討てば、勝つことは間違いない。しかし自分一身のために、人民を死傷させることを欲しない。だからわが身一つを入鹿にくれてやろう」といわれた。ついに子弟妃妾(うからみめ)と諸共に自決してなくなられた。
 (宇治谷孟 『日本書紀(下) 全現代語訳』 講談社学術文庫 1988 より引用)
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 「自分一身のために、人民を死傷させることを欲しない」。いい言葉です。日本史世界史を問わず、それと逆の例が多すぎるのです。
 私は「無抵抗主義=絶対平和主義」と考えているわけではありません。可能な限り、他人も自分も犠牲にせずにすむ道を探るべきです。しかし極限の状況にあっては、「他人を犠牲にしない」方を選択するのが、絶対平和主義者の覚悟と考えています。