第一次世界大戦のさなかに書かれた、少なくとも戦争賛美ではないエッセイです。
では非戦論なのかというと…具体的な国際情勢に直接ふれてはいませんが、「怨(うらみ)に報ゆるに徳を以てす」の一ヶ条を提唱し、西洋近代式の権利義務の道徳に疑問を投げかけてはいます。
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独り政治界のみならず、社会全体の有様を見ても、人と人との交際を見ても、怨に報ゆるに徳を以てするの主義が行はれない為めに、紛擾も生じ、不平も生じ、人の心が多く不愉快や煩悶に充たされてゐるやうです。
その癖人間は常に心の愉快ならん事を欲してゐるものですけれども、自らその心を不愉快にするやうに行為をする場合が多いのは、畢竟真の愉快を知らない為めでせう。怨に報ゆるに怨を以てするよりも、怨に報ゆるに徳を以てする方の愉快は幾十倍優つてゐるか知れません。
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攻撃性を満たすことで得られる快楽もあれば、攻撃性を捨てることで得られる快楽もある。前者を題材にした娯楽は多く、後者を扱った芸術作品はあまりにも少ないのが現状です。現状といっても百年以上前からの。