核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

山本紀義「強いばかりが能じゃない―非殺傷兵器の現状と今後―」

 『波涛』2005年1月(通巻第176号)掲載。実に読みごたえのある論文でした。
 刀剣・弓矢から核兵器に至る殺傷兵器(リーサルウェポン)に対して、最近実現しつつある非殺傷兵器(ノンリーサルウェポン)の現状を論じています。
 傾向としては、以前紹介したテーザーやADTのような物理的非殺傷兵器から、電子的な非殺傷兵器へと移行していること、民間人を巻き添えにしない兵器が求められていること等です。
 山本氏はイチローの年間262本安打記録を引き合いに出し、「非殺傷兵器は今までの武器とは全く異なった性格のものであり、全く別の見方をしなければならない」と結論しています。
 はたして非殺傷兵器は戦争の歴史を変えるのか。それとも戦争の悲惨さを偽装する道具にすぎないのか。非殺傷用に開発されたサーモバリック技術が気化爆弾に応用された例には、山本氏も言及しています。
 近代日本文学研究と何の関係があるのかと思われるかもしれませんが、『浮城物語』『浅草紅団』あたりは、非殺傷兵器(を部分的に使用した)文学として読めそうです。より根本的には、「暴力によらずして暴力を止める」という、村井弦斎星一の主題とも関わっています。
 もっとも、厳格な絶対平和主義者である木下尚江なら、あるいは「なんだ、定九郎の印籠持(殺人行為を正当化するもの)か」と言うかもしれませんが…。