核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

河島幸夫『賀川豊彦と太平洋戦争』(中川書店 1991)

 後に『日本キリスト教史における賀川豊彦―その思想と実践』(新教出版社 2011)収録。
 十八歳にして『世界平和論』を発表し、平和主義者として半生を歩んできた賀川豊彦の、太平洋戦争期に転向に至った記録です。
 一九四三(昭和一八)年一一月三〇日、国際戦争反対者同盟の本部あての手紙にこうあるとのこと。

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 思ふに米国は日本人に対して差別待遇を過重し、
 (略。日本人への迫害の数々を述べて)
 遂には資金凍結令を以って日本の経済を死滅に導くことを敢てした。その瞬間、私は永年持って居た平和論を太平洋上に捨てざるを得なくなった。
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 翌年一〇月のラジオ放送「米国滅亡の予言」ではさらに苛烈に、アメリカの蛮行を糾弾しています。
 私も太平洋戦争期のアメリカが正義の味方だなどと思ってはいませんが、戦争という手段を支持してしまった時点で、相手の蛮行を非難することはできなくなるし、賀川がそうなってしまったのは残念なことだと思います。ほんの三年前(1940)には対米開戦に賀川が反対していたことを知っているだけに。
 河島氏もいうように、「重要なポイントは、彼の基本姿勢を変化させた根本原因が何であったのかを、冷静に探ってみること」が大事です。まずは賀川平和主義の原点、『世界平和論』から手をつけてみます。