核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

三浦俊彦『戦争論理学 あの原爆投下を考える62問』(二見書房 二〇〇八) その4

  三浦氏の原爆投下肯定論は、一言でいうと、「原爆投下による日本人数十万人の死傷は、日米合わせて数百万人を本土決戦での死傷から救った」と集約できそうです。その上で、原爆投下否定論者である私からの反論を。

 『戦争論理学』にはなぜかその名が出てこないのですが、これは「運転士の決断」と呼ばれる問題の相似形だと思うのです。「暴走する路面電車」「トロッコ問題」などとも呼ばれますが、要はブレーキのこわれた列車が5人をひきそうになった時、運転手は引き込み線には1人しかいないのに気づいた。そこでわざと引き込み線に列車を走らせ、1人を犠牲にして5人を救うことは許されるか、という問題です。

 三浦氏の別の本『論理パラドクス』では、運転士の1人を犠牲にする行為は「正しかった」あるいは「やむをえなかった」とされています(一七四頁)。私は「やむをえなかった」には同意しますが、「正しかった」とは思いません。その差は、「より少ない悪」と「善」の差です。

 もし多数を死から救うために少数を死なせることが「正しい」なんてことになったら、それは『罪と罰』の主人公の思想と同じです。どんな殺人犯も「2人殺せるのに1人しか殺さなかった」のが「正しい」ことになり、どんな泥棒も「百万円盗めるのに十万円しか盗まなかった」のが「正しい」ことになったら、社会秩序は崩壊します。同じように、原爆投下は「正しかった」ことにはならないのです。

 以上でやっと、『戦争論理学』序章への反論の切り口が見つかったというところでしょうか。62問すべてを相手にとる気力はありませんが、この本とはもう少しつきあいたいと思います。