核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

「差別の止め方」よりも、「戦争の止め方」を優先する理由

 大学院博士課程に進んだ当初は、「差別と文学」を扱うつもりでいました。

 反戦文学に軸足が移動したのは、木下尚江や村井弦斎という作家に出会い、入れ込んだせいももちろんありますが(無計画な話です)、より根本的には、差別の止め方よりも戦争の止め方(あるいは、より一般的には暴力的闘争の止め方)を優先すべきだと、判断したからです。

 暴力的闘争の止め方をきっちり確定しておかないと、たとえば差別される側の、差別する側への暴力を正当化することになりかねません。「おれたちゃマイノリティ様だ、マジョリティどもには何をやってもいいぜ」になっては困るのです。

 先日も、圧倒的少数派(の人々)による圧倒的多数派(の一人。マジョリティも一人の時は一人です)への、暴力的としかいいようのない対応を、ネット上で眼にしまして。

 まず暴力的でない対話の技術を確立することが、最優先だと思うのです。