伊藤野枝「火つけ彦七」が収録されたアンソロジー。塩見氏による作品解説にはこうあります。
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「乞食は、村にはいって街道を少し行くと左側にある森の中にはいっていきました」
小説家はけっして右のような文を書かないし、全体に構成、描写とも稚拙である。
テーマに社会性があれば、へたでもかまってもらえる時代が到来している。
(三一一頁)
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引用された文章、そんなに変でしょうか。私はこの作品のテーマを評価しているのですが、それほど描写が稚拙とは思いません。
構成については、一考の余地があるかも知れません。いずれジュネットあたりの理論を援用するつもりですが、錯時法(事件を作中の時系列そのままではなく、前後を入れ換え速度を変えて語る構成)で書かれることによって、まるで彦七の放火が差別に先立っているような印象を読者に与えているのかも知れません。分析の必要がありそうです。