核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

伝言ミスなり伝言ミス

 テニスンが詩に詠み、日本の『新体詩抄』にも訳された軽騎兵600名の突撃は、どうやら命令の手違いで生じたようです。ウィキペディア「バラクラヴァの戦い」(クリミア戦争)の項より。

 

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 ロシア砲兵が連合軍補給路を攻撃出来る場所へ展開することを防ぐために、ラグラン男爵フィッツロイ・サマセット(en)は軽騎兵旅団に対してロシア砲兵の移動を阻止するよう命令を出した。しかし、連絡将校ルイス・ノーラン(en)大尉が命令を誤って伝えたため[注 1]、第7代カーディガン伯爵ジェイムズ・ブルデネル(en)率いる軽騎兵旅団673名がロシア軍砲兵陣地に正面から突撃し、死傷者278名という大損害を被った。この突撃は軽騎兵旅団の突撃(Charge of the Light Brigade)と呼ばれ、無謀ではあるが勇敢であると評価されており、数多くの絵画や文学、音楽等の創作の題材となっている。アルフレッド・テニスンも物語詩「The Charge of the Light Brigade」でその勇敢さを讃えている。

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 連絡将校が命令を誤って伝え、軽騎兵旅団がそれをばか正直に実行した結果の惨劇なんだそうです。田中芳樹七都市物語』にもそんな挿話があったような。乃木希典の白襷隊、太平洋戦争の神風特攻隊に匹敵する戦場の愚行というべきでしょう。

 そういう悲惨な犬死にを、安全な場所で讃える詩人テニスンもたいがいですが、これぞ西洋の流行最先端とばかりに日本語に訳し、

 「上からの命令は絶対だぞ。さあ兵士たちよ、進んで死ね」

 と民衆に押し付けた、外山正一らの罪も重いです。

 なお、この馬鹿げた突撃を実行したカーディガン伯爵とやらにもリンクがあって、

 

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 バラクラヴァの戦いで「軽騎兵の突撃(英語版)」を敢行して多くの犠牲者を出したことで著名となった。武勇の権化として英雄化された[1]。

 1861年に中将に昇進した[1]。

 (略)

 衣服のカーディガンは、この第7代カーディガン伯が愛用していたことからその名が付いたものである

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 民明書房刊・・・・・・じゃなくて「ジェイムズ・ブルーデネル (第7代カーディガン伯爵)」の項より。つまり突撃を命じた指揮官は戦死していなかったどころか、賛美され出世しているわけです。

 「兵士を多く死なせる指揮官ほど苦労していると思われるのさ」

 これも田中芳樹氏の『銀河英雄伝説』にあったセリフです。

 なんというか、アウシュヴィッツ以前に詩を書くのも野蛮です。詩が厭戦よりも戦争礼賛に向いたメディアであることを認識しない限りは。