アルゼンチンが誇る夢幻と無限の作家、ホルヘ・ルイス・ボルヘス。篠田一士氏の訳による短編、「記憶の人・フネス」(1942)をご紹介します(書誌情報は 「バベルの図書館」「内緒の奇蹟」に同じ)。
「おまえは今までに食ったパンの枚数を覚えているのか?」
とは、「ジョジョの奇妙な冒険」に登場する吸血鬼ディオが、「今までに何人の人間を犠牲にしたんだ!」との問いに返した名セリフです。
が、「XXXX枚だ」と普通に返されたら、ディオはどう反応したでしょうか。それも枚数どころか、今までに食べたパンの味の記憶を一枚ずつ語りはじめたとしたら?(トレーズ・クシュリナーダならやりかねんな)
「十七世紀に、ジョン・ロックは、個々の物体、個々の石、個々の鳥や枝が個々の名前をもつという不可能な語法を仮定し(そして廃棄し)た。フネスもいったん類似の語法を考案したが、それではあまりに概括的で漠然としているというのでやめてしまった。実際、フネスは、どんな森のどんな木のどんな葉もおぼえているばかりか、それを見たり想像したりした折々の一つ一つをもおぼえていた」
ロックのその説は読んだことはないのですが(『市民政府二論』は読みましたよ。もう忘れましたけど)、ここまで記憶力がいいのもどうかと思います。
「三時十四分の(横から見た)犬が三時十五分の(前から見た)犬と同じ名前をもつという事実に悩まされた」までいくと、まともな日常生活はおくれないでしょうから。
考えるということは、相違を忘れること、概括すること、抽象することである。過度に充満したフネスの世界には、細部、ほとんど連続した細部しかなかった」
う、うらやましくない!なんか天才バカボンとかに出てきそうなキャラです。
忘れっぽいのも悪いことばかりじゃない、というお話でした。オチは伏せますが、だいたいご想像通りかと。
とはいうものの、「努力すれば英語と古代ギリシア語をおぼえられる」程度の記憶力は欲しい…。