核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

小林秀雄 「無常といふ事」 初出と全集版の異同について

  初出(『文学界』昭和17年6月)             全集(第五次)
これは、一言芳談抄のなか           これは、「一言芳談抄」のなか
この文を徒然草のうちに             この文を「徒然草」のうちに
彼も屹度覚えてゐてくれてゐるだらう。    彼笑つて答へなかつたが。
聞いて、彼はそんな風に笑つたから      (なし)
解つた例しがあつたかい。            解つた例しがあつたのか。
死んじまつた人間                 死んでしまつた人間
生きてゐる人間は                 生きてゐる人間とは
僕等は過去を飾り勝ちなのではない。     僕等が過去を飾り勝ちなのではない。
過去は僕等に                    過去の方で僕等に
思ひ出が、僕等が一種の動物である事から  思ひ出が、僕等を一種の動物である事から 
仏説といふ様なものではない。          仏説といふ様なものではあるまい。
幾時如何なる時代でも               それは幾時如何なる時代でも
 
 ・・・以上(ルビの有無は省略しました)。
 最新の『小林秀雄全集 補巻Ⅱ 註解 追補 中』(新潮社 2010)の、「無常といふ事」の項(222ページ)にも、これらの異同についてはまったくふれられていません。
 かぎかっこの有無など問題にしているのではありません。意味内容の違いが問題なのです。