ギリシアといっても
アテネではなく
イオニア。デモクラシー(民主主義)ではなくイソノミア(無支配)。それが本書の主題です。
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ここには、独立自営農民による
自治的社会があった。君主も
中央政府も軍もなく、すべてが農民の集会によって決定された。
キリスト教会はあったが、他の地域と違って、司祭は聖職者的な地位には立たず、またほとんど妻帯していた。あらゆる意味で、階級的不平等や支配が存在しなかったのである。したがって、ここにイソノミアが存在したといってよい。
(44ページ)
※
同時代の中世ヨーロッパや、平安・
鎌倉時代の日本と比べても、信じがたい話です。1262年の
デンマークによる征服以前の
アイスランドについて、自分なりに調べてみる必要がありそうです。特に「軍もなく」の実態は。
イオニアびいきのあまり、
アテネの民主主義を不当におとしめている印象はあります(
アテネは資料が大量に残されているぶん、悪い面が目立つのです)。
その一方、柄谷が思い描くイソノミア像が、本書で批判されている
ポパーや
アーレントとどう違うのか?が明らかになっていない感もあります。
が、『可能なる
コミュニズム』以降の
柄谷行人の著作では、ずばぬけて読みがいがありました。9世紀以降の
イスラム教徒に進化論思想があったこと(224ページ)など、勉強になる一冊です。