核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

村井弦斎『朝日桜』下巻(1895)

 最後まで読んでも、やっぱり村井弦斎中最低の小説でした。
 戦争小説だからけなしているのではありません。戦争小説というジャンルの中としても不出来だから批判しているのです。
 たとえば弦斎のデビュー作「匿名投書」には、明治20年代の日本が置かれた地政学的位置への考察があり、日本という島国を防衛するための戦略論があり、何よりも戦争という営為そのものへの文明論的な問いかけがありました。
 『朝日桜』にはそれらは一切なく、たかだか新型魚雷ひとつの優位と、天皇陛下の御為という精神論を頼りに、日本軍が何のリアリティもない、まるで大本営発表のような連戦連勝を繰り返すだけの単調な小説です。「我々は必勝の信念を固めて居ります。勝つことに於て英米が勝算がある筈がない」という小林秀雄の戦時下の発言と、何の違いもありません。
 そんな村井弦斎が、なぜ第一次大戦期になって軍備撤廃論に転じたのか。いまだに謎です。次は大作『日の出島』に取り掛かるつもりです。