小学生のころ読んだ推理クイズ本のせいで、私はすでにこの推理小説の犯人を知っています。
にもかかわらずこんな古典中の古典を読み始めたのは、別にテクスト論や語り論のネタにしたいわけではなく、おそらく英文学史上最古という麻雀シーンがめあてです。
原著は1926年刊行。以下、新潮文庫版の中村能三氏訳にて引用。
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四人はテーブルをかこんだ。五分間ばかりは完全な沈黙がつづいた。誰(だれ)が牌を一番はやくならべおわるか。みんな心の中ではげしく競争していたからである。
「さあ、ジェイムズ」とついにキャロラインがいった。「あなたが荘家(おや)ですよ」
わたしは牌をすてた。一二回まわる間は、『サンソウ』とか『リャンピン』とか『ポン』とかいう単調な声と、ミス・ガネットがよくやる癖だが、あわてすぎて、手に持ってもいない牌に『ポン』をかけては、『取消し』という声がかかるだけだった。
(242ページ)
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…『ギャグマンガ日和』の、「誰もルールを知らない麻雀」のような不安が漂う麻雀です。そして語り手ジェイムズ・シェパードの配牌にすごい手が。
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こういう満貫があることは、本で読んで知っていた―配牌のままで上っているという手を。しかし、そんな手が自分につこうとは思いがけもしなかった。
わたしは得意さをおさえて、自分の牌をテーブルにひろげた。
「シャンハイ・クラブでいう」とわたしはいった。「天和(テンホウ)の満貫というやつですよ」
大佐の眼(め)がとび出しそうになった。
(252~253ページ)
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…「この勝利につい軽率なことをしてしま」うジェイムズですが、それは別の話ということで。「役満」ではなく「満貫」なんですね。