これは感想文であって、学問的な手続きを経た論文ではないことをお断りしつつ。
森鴎外『舞姫』と、山県有朋の利益線論はおなじ年(一八九〇(明治二三)年)に発表されたのですが、両者の関連を論じた人はいないようです。やってみます。
利益線論というのは、要するに日本の国境外にある地域をバリアにすることで日本を守ろうという戦略論です。山県有朋は利益線の具体例として朝鮮をあげています。
つまり、日本本土の安全のために周辺諸国を戦場にしようという、実にいやしい発想です。日清・日露戦争はこの国防方針に基づき、朝鮮・満洲の権益をめぐって日本国外で行われました。
『舞姫』はそういう山県有朋を「天方伯」と呼び、以下の誘いに応じさせています。
「余は
そして妊娠までさせた恋人エリスを捨て、天方伯に従う道を(弁解がましいあいまいな書き方ではありますが)選ぶのです。
14年後、鴎外を含む日本軍は、まさに山県の方針に従って「ロシアに向かい出発」するわけですが、そこまで予知していたとは言いません。
ただ、鴎外は(あえて太田豊太郎でなく鴎外はと書きます)、日本のためなら外国人をいくら犠牲にしてもかまわないという山県に対して、この作品で忠誠を示したのです。そんなわけで『舞姫』は、私には悲恋物語というより政治文書に見えてならないわけです。