盲目な富の神プルートスの目を見えるようにして、不公正な社会の富を、公正に再配分しようとする計画。それに窮乏の女神ペニアーは反対します。
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もしもあなた方が望んでいることがその通り起こったなら、 言っておきますが、 あなた方にとっては何の得にもなりませんよ。
もしプル ー トスが再び見えるようになって、 自分自身、 つまり富を平等に分配するようになったなら、
人間たちの誰一人として、 技術や技芸に関心を払う人はいなくなるでしょう.,
もしこのような技に対する関心かあなたけの間から消え去ってしまったら、
誰が鍛冶仕事をしたり、 船を俎造したり 、 服を作ったり、 車輪を作ったり、
靴の皮を作ったり 、 レンガを作ったり、 布洗濯をしたり、 皮をなめしたりするでしょうか ,
あるいは誰か「大地をくわで掘り起こし、 デ ー メ ー テ ー ル様のもたらす実りを収穫する」 でしょうか。
もしもこれら全てを気にかけることなく、 労働もせずに生きてゆげるということになったなら
アリストパネス『プルートス』 安村典子「ギリシア喜劇の深層と、その今日的意味」より安村訳を引用
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誰もがお金持ちになったら、金を得るための労働を誰もしなくなり、結果として食料や必需品やサービスが不足することになるとの論。主人公クレミュロスは「召使い」(つまり奴隷ですね)にやらせるというのですが、ペニアーは奴隷商人も金持ちになったら、危険を冒して奴隷を売買しなくなると反論します。
今だったら「AIにやらせる」あたりが答えでしょうか。それにしても答えに困る反論です。私だって、ベーシックインカムで老後の憂いなく生活できるようになったら、研究意欲が大幅に減退するでしょうから。