作中で小説を論じる小説、『小説家』中の一場面。
文学者たちの会合で、ドイツ文学とロシア文学の優劣みたいな話が出て。
※
丁「ヒヤ/\、然(しか)し、独逸(ドイツ)、魯西亜(ロシア)は既に古い、僕は埃及(エジプト)趣味を持ち出さふと念(おも)ふ」
甲「埃及も陳腐/\、波斯(ペルシア)が宜かろふ、」
座末なる一人進み出で「諸君の言ふ所皆な奇ならず、僕は目下エスキモーの趣味を研究して居る、エスキモーの趣味は実に神韻縹渺たるものだ」(略)
「我輩は是れより月世界の趣味を研究せん」
『小説家』 郵便報知新聞 一八九一・一・八
※
もちろん弦斎は本気でエジプト趣味とかを提唱しているわけではなく、目新しげな外国文学に飛びつく軽薄な文学者たちを風刺しているわけですが。
少なくとも今の無学な私にとって、エジプト趣味は陳腐ではありません。神秘の領域です。
クフ王のピラミッド。ツタンカーメン王の墓。アレクサンドリア大図書館。世界三大美人のクレオパトラ。ナポレオンの遠征。昔『ウォーロック』に掲載されてた古代エジプト風ゲームブック。『ジョジョの奇妙な冒険』第三部のエジプト九栄神(特にボインゴまんが)。『魁!男塾』のエジプト代表チーム、王家の谷の守護者たち。
途中から『少年ジャンプ』黄金時代に連想が飛びましたが、私のエジプト知識はその程度のレベルです。そうした断片を一つにまとめてくれそうな本を注文し、先頃届きました。熟読します。
弦斎の引用文に話を戻しますと、「月世界の趣味を研究せん」の一言だけは風刺ではないと思います。ヴェルヌや森田思軒のSF的作風を受け継ごうという、弦斎の意思を感じます。