核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

村川堅太郎編 『プルタルコス英雄伝(上)』ちくま文庫 1987 「テセウス伝」

 著者のプルタルコスプルターク)は紀元50~120年頃、ローマ帝国時代のギリシア人です。あまりにも有名な古典ですが、連休のひまつぶしに、読めるところまで読んでみることにしました。最初の(ちくま文庫版での最初であり、プルタルコスが最初に書いた伝記ではありません)テセウス伝は大田秀通氏訳。
 古代や中世の世界地図を見ると、地中海周辺がやたら詳しいわりに、アフリカ内陸部とか大西洋はドラゴンの絵でごまかしてたりします。不誠実というよりも、「わからないものはわからないと認める」主義というべきでしょう。プルタルコスもまた、歴史と神話の境界を認めた上で、「これより先は不可思議と神秘に満ち、詩人と神話作者の住むところにして、信用もおけず、明確でもない」(7ページ)テセウスの英雄伝を語ると宣言しています。明治の歴史学者の大半よりも、良心的な態度といえるでしょう。
 で、アテネアテナイ。今回はアテネ表記で統一します)の建設者テセウスアテネという国自体は前からありまして、そこのアイゲウス王と、トロイゼンの王女との隠し子としてテセウスは生まれました。 成人して出生の秘密を知り、証拠の剣と靴を母から授かったテセウスは、徒歩でアテネに向い、道中で数々の悪人を成敗します。ここで「ヘラクレスの武勇の名声が早くからテセウスの心を秘かに燃やしていたらしく」とか、心理的な動機をながながと詮索するところがプルタルコス流。
 冒険の末にアテネに着き、王子と認められたテセウスは、クレタへの人質に自ら志願し、迷宮の怪物ミノタウロスを退治します。頭が牛で体が人間、というのが一般的なミノタウロス像ですが、プルタルコスは「(クレタ王)ミノスの将軍タウロス」という人間だったという異説も紹介しています。
 そして凱旋したテセウスアテネ王となり、アッティカ地方の平和的統合、貨幣の鋳造、運動競技会の創設、王政の廃止(おお)といった改革でアテネの礎を築きます。晩年は女性スキャンダルを重ねたあげく追放され(詳細はエウリピデス他の悲劇作品をどうぞ)、亡命先で非業の死をとげることになります。
 アテネという都市自体がそうであるように、とにかく浮き沈みの激しい人生でした。
 王政廃止式でデルフォイから届いた、アテネへの予言の一節をもって締めとします。
 「革袋は水にくぐるかもしれない。しかし沈むことは定めではない」(33ページ)