村井弦斎のみならず、明治文学に関心のある方は必読の大著。
語りたいことは多いのですが、今回はひとまず文学魔界関係の記事のみ紹介します。
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この(引用者注 『報知新聞』の連載小説『日の出島』)中で「文学魔界」という章は、一八九七(明治30)年一月三日から掲載されたものだ。そこでは「自称哲学者」(明らかに弦斎の分身)が登場し、馨少年に対して当代有名作家を一人ずつ批評していく。
大きく取り上げられているのは坪内逍遥、幸田露伴、尾崎紅葉、福地桜痴、黒岩涙香で、その他に森鷗外(略)などが俎上に載せられた。毎年年頭には、新聞各紙が前年の文壇を回顧した文芸批評を掲載するのが恒例なので、弦斎はそのパロディとしてこれを書いたらしい。(略)
興味深いのは黒岩涙香に対する評価だ。「今日の文学界に於て、涙香氏の名を聞いた事があるかネ。滅多にあるまい。乃ち文学界には寂として音も無けれども、人間社会を顧みれば、涙香氏の探偵小説は嘖々(さくさく)として到る所に歓迎せられるネ。(略)その文学界に声無きは、氏の小説徹頭徹尾人間向きにして、魔界向きならざる為めである(略)」と共感を寄せている。これは、弦斎自身に対する当時の文壇(魔界)の見方とも読み換えられるだろう。(143~145ページ)
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実のところ、福地桜痴はともかく黒岩涙香は私もあまりよく知らないのですが・・・ジャーナリストとしての姿勢やオリジナリティはともかく、後世の探偵小説や科学小説に与えた影響は大きく、もっと評価されるべきだとは思います。涙香の翻案を江戸川乱歩がさらに翻案した『時計塔の秘密』は、私の愛読書でした。
(2012年7月9日追記 本来の題名は『幽霊塔』でした。『時計塔の秘密』は子供向け乱歩全集での題名で、若き日の明智探偵がゲスト出演してたやつです)