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露伴氏紅葉氏の文の如きは巧なりと雖(いへど)も譬(たと)へば鰻飯の如し、二度も三度も続けては倦厭(あき)て来て胸に(つか)へる、桜痴氏の文は米の飯の如し、美味(うまい)とも思はんが幾度食つても倦厭(あき)る事は無い、
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ただ、小説家としての桜痴には点が辛く、構成力の難を突いてはいます。弦斎は作品名はあげていませんが、私も『もしや草紙』は評価しません。当時の社会問題を全部まとめてさばこうとした結果、小説以前の何かになってしまった怪作です。これが『明治文学全集 福地桜痴集』の巻頭に載ってるばかりに、桜痴の真価が誤解されている感はいなめません。柳田泉氏ならもっといい作品を選べたでしょうに。
桜痴と弦斎では新聞社も政治的立場も違い、いわば商売敵なのですが、お互いに認め合っていた証拠はいくつかあります。脚本食道楽が歌舞伎座で上演された時も桜痴は絶賛していました。彼もシュークリーム食べたんでしょうか。
追記 『もしや草紙』が正しい表記でした(『もしや草子』ではなく)。訂正してお詫びします(2012・7・14)。