1900(明治33)年、『函館日日新聞』に掲載、週刊『太平洋』第六号(2月5日)に転載、だそうです(いずれも未見)。
内閣総理大臣兼大蔵大臣 紅葉
外務大臣 鷗外
内務大臣 柳浪
宮内大臣 眉山
海軍大臣 水蔭
陸軍大臣 露伴
文部大臣 逍遥
司法大臣 忍月
農商務大臣 乙羽
逓信大臣 魯庵
貴族院議長 思案
衆議院議長 弦斎
学習院院長 小波
尾崎紅葉・森鷗外を除けば、現代ではなじみのない名前が大半だと思います。江見水蔭が幸田露伴と並ぶポジションの海軍大臣にいるのは、日清戦争期に軍事小説で当てた結果でしょう。別の見立てでは内務大臣が福地桜痴、遅塚麗水が陸軍大臣になってました。
村井弦斎が衆議院議長なのはお約束ですね。
この『太平洋』誌は、江見水蔭のほかに田山花袋や桐生悠々も編集に参加してまして。『三十年後』論が片付いたら漁ってみます。