核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

石原慎太郎と大江健三郎の中共礼賛

 大江健三郎石原慎太郎というと、政治的には逆の立場(左と右)なのではないかと思われるかもしれません。 
 しかし1960(昭和35)年前後、2000万人以上の犠牲者を出していた中共中華人民共和国の当時の略称)への好意的な評価という点では、両者に違いはほとんどありません。
 ある座談会、「怒れる若者たち」(『文學界』 1959(昭和34)年10月)では、大江健三郎ははっきりと、「ぼくは日本を中共のような国にしたいと思っている」と発言していますが、石原慎太郎はそれについて何の異議も唱えていません。
 そして別の対談、「慎太郎、大江ルポを批判する」(『毎日グラフ』1961(昭和36)年10月8日)。題名に反して、明確な「批判」はほとんどみられず、馴れ合いに終始しています。
 「大江 ”これぞ戦後青年の代表株!”と推薦したいのは、原研の若い科学者(9月3日号)ね」で始まる(そのインタビューは当ブログでも紹介しました)、「パターナイゼーション」という章を引用します。
 
   ※
 大江 中国へ行ったとき、そういう(引用者注 まとまったイメージを与える)青年が多いという印象だった。中国では未来がちゃんとイメージにとらえられるからね。
 (略 中国のパターナイズ(画一化)に疑問をはさみつつも)
 石原 そうだろうなあ。やはり彼らは、そういう意味での連帯感をもっているんだろうなあ。そういうものは僕ら日本人には薄いなあ。僕も中国へは行ってみたいんですよ。
  (20ページ)
   ※
 
 今の中国にも問題は多々ありますけど、1961年当時、毛沢東政権下の中国は比較にならないほど悲惨な独裁国家でした。
 そういう国を理想としていたような政治家に、国政に参与してほしいとは思いません。