明治大正期の作家村井弦斎は、世界平和を最終目標ではなく、人類の到達すべき段階の一つとしてとらえ、その先の目標として、病気と、気候(自然災害)との戦いを人類の目標として挙げていました。
私も、世界平和さえ達成してしまえば後はどうでもいい、と思っているわけでは決してありません。平和自体の絶えざる維持もさることながら、病気、自然災害、人為災害(交通事故、火災、差別等)との戦いが待っているはずです。それらは平和への努力と並行してなされなければならないのはもちろんですが、平和への見通しがついたあかつきには、それらとの戦いも少しはスムーズになるはずです。
すでに半ば以上を過ぎてしまった私の余生で(前半生を無為に過ごしすぎました)、どこまでやれるかはわかりませんが、余生は退屈しているひまはなさそうです。特に差別・いじめといった問題の解決は、平和論でつちかった人間知が大いに役立つはずと考えております。