敗戦後の平和論の「ねじれ」を突くと称する論説。
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三年前(一九九一年)、湾岸戦争が起こった時、この国にはさまざまな「反戦」の声があがったが、わたしが最も強く違和感をもったのは、その言説が、いずれの場合にも、多かれ少なかれ、「反戦」の理由を平和憲法の存在に求める形になっていたことだった。
わたしは、こう思ったものである。
そうかそうか。では平和憲法がなかったら反対しないわけか。
(一四頁)
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・・・・・・もちろん、私はたとえ日本国憲法が改憲されても反戦を訴え続けますし、多くの平和主義者もそうでしょう。加藤の「ねじれ」論は、おおむね、日本の平和主義は敗戦と日本国憲法によって押し付けられた、「ジキル氏とハイド氏」(いわゆる二重人格)のようなものだという思い込みから来ています。
このブログをお読みの方であれば、あるいは菅原健史の博士論文をお読みの方であれば、敗戦前にも膨大な平和主義・反戦言説の蓄積があったことをご存じかと思います。
日本国憲法が敗戦後の日本国民に受け入れられたのは、そうした蓄積があればこその結果であり、占領軍の押し付けでできたわけではありません。
加藤が敗戦前、また敗戦中の言論について無知な証拠はこの本のあちこちに見られます。反戦派についてのみならず、小林秀雄、福田恆存、河上徹太郎といった主戦派についても無知です。本来「ねじれ」と称すべきなのは小林ら、戦時中の戦争礼賛言説を隠蔽して、発言してもいない言葉で座談会記事を改竄した側なのですが。彼らへの批判は加藤著には皆無です。結果として、『敗戦後論』は平和主義を不当に責め、自称保守派をこれも不当に讃える著書になってしまっています、
私も戦後平和主義について多少の不満はありますが(だからこそ、研究をまず「明治の平和主義」から始めたわけです)、加藤のいう「ねじれ」とは異なるものです。