核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

新年の提言 岸田政権の支持者こそ、伊藤野枝「火つけ彦七」を熟読すべき

 あけましておめでとうございます。

 例年なら初夢のことでも書くところですが、今年はいわゆる夢ではなく、睡眠中に論文の構想めいたものが浮かびまして。忘れないうちに書き留めておくことにします。

 

 「岸田政権の支持者こそ、伊藤野枝「火つけ彦七」を熟読すべき」

 

 順を追って説明します。連日のようにミサイルを近海に撃ってくる独裁国家北朝鮮に対して、岸田文雄自民党政権は反撃能力の増強、さらには敵基地をたたく先制攻撃にさえ言及しています。私はそうした戦略を亡国、さらには亡地球への道と考えているわけですが、伊藤野枝の小説「火つけ彦七」は、その考えに論拠を与えてくれました。

 「火つけ彦七」は一行で要約すると、

 

 「差別されたから差別する、放火されたから放火する、彦七という男の物語」

 

 であり、その結末は村人に捕まった彦七の悲惨な最期を暗示しています。反撃能力の増強、さらには無関係な家を燃やす先制攻撃という戦略をとる者に対しては、他者も当然、反撃と先制攻撃という戦略をもって報いるのです。

 反撃と先制攻撃という戦略(以下、反撃戦略と呼びます)は、コロナ禍にも似た伝染性を持っています。悪意や攻撃性はたやすく増幅し反射するのです。ましてや「わが国は反撃戦略をとる」などと公言する国は、先制攻撃の口実を独裁国家に与えるようなものです。岸田政権や反撃戦略を支持する方々は、ぜひ上記の問題を一考していただきたいものです。

 「では、攻撃に対して無抵抗であれとでもいうのか」。いいえ、私はキリスト教徒やガンジー主義者ではないので、無抵抗主義は支持しません。攻撃に対しては抗い、止めようとすべきです。ただし反撃や先制攻撃としてではなく。

 ここから先は小説「火つけ彦七」には明言されていない箇所であり、私がいずれ書く論文のキモとなる箇所でもあるのですが、

 

 「反撃戦略でも、無抵抗主義でもない、攻撃の連鎖を止める代案を出すべき」

 

 というのが、現時点での結論です。出し惜しみしているのではなく、その「代案」がまだ、具体的な形をとっていないのです。全力をあげて考えており、今年三月を締め切りとする、ある学術雑誌に投稿する予定ではあります。

 さしあたっては、火つけ彦七に放火をやめさせ、ミサイル岸田に反撃戦略をやめさせる論理を提示すること。その上で代案を公開したいというのが、今年の私の努力目標です。