菊池寛という作家はまったく尊敬していないのですが、この「入れ札」という短編は昔から気になっていました。柄谷行人の『日本精神分析』という本でも取り上げられていましたが、今回は自分なりの問題意識で扱ってみます。青空文庫より要約。
江戸時代。代官を殺して赤城山に逃亡した国定忠治(くにさだちゅうじ)親分と、その子分(原文では「乾児」と書いて「こぶん」)たち十一人。以下、面倒なので子分たちの人名は省略。
一味を解散して、三人だけ親分について行くことになったのですが、誰が選ばれるかでもめます。おれが一番力持ちだとか、おれが一番知恵者だとか言い合った末、くじ引きではなく入れ札(つまり無記名投票選挙)で全員から三人を選ぶことになりました。
人望が落ち気味なのを自覚していた子分Aは、つい自分の名Aを書いてしまいます。
あと何人か入れてくれれば当選確実だろうと。
以
下
ネ
タ
バ
レ
!
ふたを開けてみると、Aの名前は一票、つまり彼自身が無記名で書いた票のみ。
しょんぼりと去って行くと、Aがひそかに期待していた子分Bが声をかけます。
「親分も親分だ!Aのあにいを連れていかねえという法はねえ。他の子分たちもだ。Aのあにいの名を書いたのはおれ一人だった。あいつらの心根が、全くわからねえや」
(この野郎!嘘つくんじゃねえ!)とAは思うのですが、それ言ったら自分で自分に投票したのがばれてしまいます。冷静に考えたら、この嘘つきBよりも、自分に投票したA自身のほうがもっといやしいのでした……。
無記名投票選挙というシステムの利点(親分にしてみれば、「自ら選ぶ事なくして、最も優秀な乾児を選み得る方法」なのです)と問題点をたくみに突いています。
いずれレイブルックの『選挙制を疑う』という本を読む予定なのですが、この問題意識は念頭に置いて読もうと思います。なお今の私は選挙制賛成派です。子分Aには気の毒だけど。