核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

戦後という、マルクスかぶれの時代

 戦後(ここでは一九四五年から、だいたい一九八九年までを指します。ある意味では二〇二三年まで継続中でもありますが)という時代の文献を読んでいてどうにも耐えがたいのは、マルクスかぶれの風潮です。

 というと、「戦前にもマルクス主義者はいたんじゃないの?」というご意見があるかも知れません。確かにたとえば幸徳秋水日露戦争中に『共産党宣言』を日本語訳して『平民新聞』に載せ、当然のように裁判ざたになりました。

 しかし、幸徳秋水について言えば、マルクスを絶対の真理とするのではなく、漢文的儒教的な教養をふまえた上で、マルクスを相対化する視座があったようです。

 秋水を弁護した木下尚江はもっと露骨に、マルクスの『共産党宣言』は過去の歴史的資料の一つであり、平民新聞はそれを研究対象として訳したにすぎない、との論陣を張っています。そういうふうに、客観的に研究し批判的に分析する対象としてマルクスを読む分には、別に異議を唱えるつもりはありません。

 しかし、戦後のマルクス主義者たちの大多数はそうではないのです。マルクスさまのお言葉は自明の真理、反対する者は皆ブルジョアの手先、といわんばかりの態度で、議論にも何もなりはしません。

 ぶっちゃけると、最近読んだのは吉本隆明の『「反核」異論』なのですが、ためになる言葉を一つも見いだせませんでした。反核運動はみんなソ連の手先、スターリン主義者だという主張なのですが、じゃあソ連スターリン独裁を産んだマルクスそのものを否定するのかと思いきやそれはせず、われこそ真のマルクスの徒といわんばかりの態度で、口汚く論敵を罵倒する言葉が並んでいるだけです。彼は「思想者」と自称していますが、それにふさわしい、考えさせられる言葉は見つかりませんでした。

 吉本隆明はほんの一例にすぎません。党派の違いはあれど、戦後の論壇、批評界を占めているのは、マルクス教の本家争いです。

 「保守」「右翼」の文化人もいたじゃないかって。いましたとも。戦前に「マルクスの悟達」を書き、「マルクスエンゲルスレーニンと三人の天才」をたたえた小林秀雄や、スターリンの言葉を自明としてポル・ポトまがいのインテリ抹殺論を唱えた福田恒存が。この二人は最悪の例かも知れませんが、まともにマルクス主義者と対話し、マルクスを否定しようとした文化人はほとんどいません。三島由紀夫全共闘は数少ない例外で、全共闘の巣窟に乗り込んだ三島の勇気と誠意は褒められますが(あ、私は別に「保守」でも「右翼」でもありません。ただ誠実さを尊重するだけです)、対話が成立していないように思えます。

 マルクスかぶれの時代なんて昔のこと?そうでもありません。斎藤幸平氏の一連の近著(『ゼロからの資本論』は最近読みました)が評判になっているのを見ると、危惧をいだかずにはいられません。「戦後」はまだ終わってはいないのです。