とりあえず、気になった論文三篇をメモ代わりに書き写しておきます。
・杉野要吉 「『戦争下の抵抗文学』ノート―小林秀雄の姿勢に即して」
(『日本近代文学』第一二集 昭和四五年五月発行)
「小林が『頑固に戦争から眼を転じて了つた」太平洋戦争以後の戦争下の古典批評『無常といふ事』一系の世界は、初期戦争是認姿勢とはあくまで別個に、われわれが「戦争下の抵抗文学」のすぐれた業績と呼ぶに価する中身のものといっていいのではないか、と考える。」
・鎧坂昭江 「『無常といふ事』における改作意識」(『学大国文』一二号、昭和四三年一二月発行)
「注(6) ただし(十五)の中の三箇所の異同だけは(引用者注、考えに変化が生じたと思われる修正。以下一部略)後日改めてふれることにした」
・越智良二 「小林秀雄『無常といふ事』私解―その方法への序説―」(『愛媛国文と教育』四号、昭和四七年六月発行)
『美しい『花』がある、『花』の美しさといふ様なものはない。』と書いているが、恐らく『ロダンの言葉』(8)に啓示を得たと思われる
注(8) 『美しい自然がある、自然の美しさといふ様なものはない。』
Auguste Rodin "L'ART",Entretins Peunis par Paul Gsell.
彼は近頃の座談会(15)で、「文章を消す事、削る事」の必要性を説いている。
注(15) 『鼎談』雑誌『新潮』第68巻12号』」
・・・ふと思ったのですが、かぎかっこが三重以上に重なった場合って、全部二重かぎかっこでいいのでしょうか。文学研究者が何を今さらと言われそうですけど。